カウントダウン7(2016.08.25)

研究者になるのが夢だった山口教授が大学院生の時に結婚しました。
家族を持った責任と修士論文が書き上げられないプレッシャーで
十二指腸潰瘍にまでなった山口教授は、
今でもその頃の10年間が一番辛かったと話しています。予定・計画

親の役目の最後の局面を迎える頃に、
娘と私達を名古屋に残して
山口教授は立教大学に行きました。
そんな変則的単身赴任生活の中で、
娘達は18歳を迎えると家を離れて行き、
家に残されたのは私とマックスだけ。
この頃が私にとっては一番辛い時期でした。

今でこそ大学生の卒業旅行で海外なんてのは当り前てすが、私の青春時代には、海外旅行に行けるのはごく一部の恵まれた人たちのものでした。だから、夢は海外旅行だったし、『外国で生活できたらいいなぁ~』なんて夢見ていたものです。

そして、立教大学には1年間の研究休暇制度があるのに活用しないままに、
山口教授は来年3月で退職となります。(笑)