緩和ケアが効いた!2018.01.22

肩凝り知らずを自慢していた私が、なんと去年の四月頃から肩凝りが酷くなり始め、5月6月と更に酷くなって、激痛が走るようになり、とうとう右腕が肩より上に上げられないし、肩の後ろに回すなんてもっての外の激痛!
山口教授の体験からとうとう私も五十肩(六十肩と言うべきかもね(笑))になったと悟りました。

その後に続く人生真っ暗になるような痛みに耐える日々・・・
それが9月いっぱい続き、絶え間ない激痛のピークを越えたと思える10月以降も
寝起きや同じ姿勢を続けたりすると、右肩と二の腕が氷のように冷たくなって行くのが自覚できるんです。
自分の腕が石化していくような重苦しい痛みに涙する日々・・・ホント大袈裟じゃないんですよ。
なった人でないと分からない痛みなんですねぇ~。
日常のちょっとした動きで激痛が走るから、益々緊張して動かさなくなるという悪循環。
唯一身近の経験者である山口教授からは、
「とにかく痛みを我慢して動かすこと。そうしてれば早ければ半年で治るよ。」

そう信じて色々試みたけれど・・・一週間とか二週間とかいう単位で
本当に僅かずつだけれども、年の瀬辺りから少しずつは良くなっているようでした。
でも、相変わらずある角度以上に動かすと電気が走るような痛みはあるし、
常に右腕はどよ~んとした不快感が消えないままだから憂鬱な気分は変わりませんよねぇ~。
とにかく利き腕である右肩・腕の動きに伴う連続性の痛みというのは
人を精神的に打ちのめすんだと、実感しました。
すっかり痛みに対して弱くなりましたよ。(-_-;)A


そんな頃に、山口教授の仕事初めに付いて行った先で聞いたのが、
東口先生の『四十肩も五十肩も治せますよ』という言葉でした。
山口教授から散々病院では治らないと言われ続けていた私は衝撃を受けましたよ。

「えぇ~っ!ホントですかぁ~?」

『注射で痛みは消えますよ。簡単ですよ、緩和ケアやってるんだから。(笑)』

七栗記念病院-01
七栗記念病院_corridor
先生の担当日と私達の行ける日がやっと合ったので、豊明の病院の方は手続きだ何だと大変だけど、ここなら簡単に診察出来ますからということで、早朝起きて新幹線に乗って名古屋で近鉄に乗り換え、津市の七栗記念病院に行ってきました。

東口先生は私の話を聞いて、
『この症状は腱鞘炎ですよ。確かにギターの練習し過ぎで痛めたんでしょうね。
その後、ギターは練習しなくなったんでしょう?』

「はい、右腕が上がらなくなってからは、もう全くしてません。」
『それで、治りかけてもいるんですよ。』
「これって五十肩ではないってことですか?」
『腱鞘炎と同じ腱の老化現象で、運動不足などでも起きるんですよ。』


未だに痛みがある右肩前部の付け根付部分の押されて痛みを感じる部分。
老化減過小で腕の骨の動きを良くする肩の中の緩衝材のようなものが少なくなっているから、それを増やすための注射を肩に直接打った、合計2本でした。
傍にいた、山口教授が『みるみる顔色が明るくなったよ』と言う程に効果覿面でした。(*´v`*)ニィ-

山口教授はアントレ会で名古屋泊り。
私はすぐに東京戻りの新幹線に乗りました。
都内に大雪警報が出た夕方東京に着く新幹線で窓側に座っていても、肩の冷えは感じませんでした。
大雪で山手線が満杯、すぅっと吊革に右腕を伸ばせました。
それまでは韓国のマナーのりように左手で右ひじを支えていたのにねぇ~。(*^^)v
大塚駅で大雪で6時閉店になっていたアトレにギリギリ間に合い、買い物をして歩いて戻る時も痛みも冷えも起こりませんでした。
そして、こうやってアップ仕事をしている最中もね。(*^^)v